札幌高等裁判所 平成10年(ネ)282号 判決 1998年12月17日
控訴人
株式会社協同広告社破産管財人
太田三夫
被控訴人
加藤雅之
右訴訟代理人弁護士
渡辺裕哉
主文
一 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
二 被控訴人の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
主文同旨
二 被控訴人
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二 当事者の主張
当事者双方の主張は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決「事実」二、三に記載のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決三頁三行目及び一〇行目の「社内貯蓄管理規程」を「社内貯蓄金管理規程」に改める。
二 同四頁八行目の「継続的」を「断続的」に改める。
三 同六頁二行目の「雇用」を「雇傭」に、同三行目の「と規定」を「旨規定」にそれぞれ改める。
四 同八頁五行目の「商取引であり、」の次に「また、社内預金の保全は、賃金の支払の確保等に関する法律及び同法施行規則に定めるところにより行われるのであって、これを」を加え、同六行目の「雇用契約」を「雇傭関係」に、同八行目の「社内預金」から同一〇行目から一一行目の「限られる。」までを「仮に、社内預金が先取特権を有する優先債権だとしても、」にそれぞれ改める。
五 同九頁一行目の「雇用契約」を「雇傭関係」に、一〇行目の「管理規定」を「管理規程」にそれぞれ改める。
理由
一 請求原因1ないし3は当事者間に争いがない。
二 被控訴人は、本件預金債権が商法二九五条の「雇傭関係に基づき生じた債権」に該当する旨主張する(請求原因4)ので、まず、社内預金の法律上の取扱い、破産会社における社内預金制度等についてみておくこととする。
1 法律等による社内預金の取扱いは、以下のとおりである。
(一) 労働基準法(以下「労基法」という。)一八条は、「使用者は、労働契約に附随して貯蓄の契約をさせ、又は貯蓄金を管理する契約をしてはならない。」(一項)と規定し、使用者が、労働者に強制的に使用者以外の第三者と貯蓄契約を締結させること、あるいは使用者自らが、強制的に労働者の貯蓄金を管理することを禁止している。
そして、使用者が労働者の貯蓄金をその委託により管理する場合(社内預金)には、一定の条件を満たす必要があり、同条は、その条件として、①労使協定を締結すべきこと(二項)、②貯蓄金管理規程を作成して、労働者に周知させなければならないこと(三項)、③利子をつけなければならないこと(四項、なお、利率の最低限度は、「労働基準法第一八条第四項の規定に基づき使用者が労働者の預金を受け入れる場合の利率を定める省令」により年六分とされていたが、平成七年八月一日から年三分、同九年二月一日から年一分となっている。)、④労働者が返還請求したときには、遅滞なく返還しなければならないこと(五項)等を定めている。
(二) 賃金の支払の確保等に関する法律(以下「賃確法」という。)三条は、使用者に労働者の社内預金について保全措置を講ずることを義務づけ、同法施行規則二条は、保全措置について、①事業主の労働者に対する預金の払戻債務を銀行などが保証する契約を締結すること(一項一号)、②事業主の労働者に対する預金の払戻債務相当額について、預金を行う労働者を受益者とする信託契約を信託会社等と締結すること(同項二号)、③労働者の事業主に対する預金の払戻債権を被担保債権とする質権又は抵当権を設定すること(同項三号)、④預金保全委員会を設置して、労働者の預金を貯蓄金管理勘定として経理することその他適当な措置を講ずること(同項四号)を定めている。
(三) 会社更生法一一九条は、更生手続関始前の原因に基づいて生じた会社の使用人の預り金を共益債権としており、その結果、社内預金は、更生手続によらないで随時弁済でき(同法二〇九条一項)、更生債権及び更正担保権に先だって弁済することになる(同条二項)。
(四) 破産法上、社内預金についての特別な規定はない。ただし、会社更生手続から破産手続に移行した場合(会社更生法二三条)は、共益債権は財団債権となる(同法二四条)から、会社更生法上の共益債権である社内預金は、財団債権として随時弁済されることになる(破産法四九条)。
2 甲三、弁論の全趣旨によると、破産会社の社内貯蓄金管理規程の概要は、以下のとおり認められる。
(一) 破産会社は、従業員のうち希望者に対し、社内預金の取扱をする(一条)。
(二) 預金者の資格範囲は、見習社員以上の従業員に限られる(三条)。
(三) 預金は従業員が破産会社から支払われる給料又は賞与を源泉とする(四条)。
(四) 預金残高限度額を三〇〇万円までとする(五条)。
(五) 預金は毎月継続的にすることも、断続的にすることもできる。毎月継続的に預金する場合、預金者は事前に月々の預金額を経理部門に届出しておき、給料又は賞与から天引きすることができる。断続的にその都度預金を実施する場合は所定の入金伝票に金額を記入し、記名、捺印の上、通帳と共に経理部門に提出する(六条)。
(六) 利率は昭和五八年当時は8.4パーセントであり、同六〇年七月一日から七パーセント、同六二年四月一日から六パーセントとなった(一〇条)。
(七) 会社は預金保全措置のため、毎年九月末と三月末現在における預金残高の最低五〇パーセント以上の金額について金融機関に預け入れる(一三条)。
(八) 社内預金は、昭和五八年三月一五日から実施する。
3 甲一、四、弁論の全趣旨によると、本件預金等について、以下の事実が認められる。
(一) 被控訴人は、昭和四五年二月、破産会社に入社し、平成七年六月二八日、同社の取締役に就任し、媒体局長から企画制作統括局長になった。
(二) 被控訴人は、毎月の給与及び賞与からの天引きにより破産会社に社内預金をしてきた。平成六年四月には残高が限度額である三〇〇万円となり、そのうち一〇〇万円の払戻を受けて、預金を継続した。
(三) 平成九年一月二四日までに、本件預金は三〇〇万六七八二円となった。
三 右認定説示したところに基づいて、本件預金債権が商法二九五条の「雇傭関係に基づき生じた債権」であって、優先権を有する破産債権に該当するか否かについて検討する。
1(一) 社内預金は、労基法によって、労働者の保護のために一定の条件の下で認められ、その保全措置も賃確法、同施行規則で定められているところ、特に、その保全措置のうち、労働者の使用者に対する社内預金の払戻債権を被担保債権とする質権又は抵当権を設定する方法は、社内預金返還請求権について、商法二九五条の先取特権が認められるならば、保全措置として特に設ける必要のないものであることからすると、それらの保全措置規定は、社内預金返還請求権が、商法二九五条の先取特権を有する優先債権に該当しないために、特に設けられたものと解するのが相当である。
(二) また、社内預金は、労基法上、労働契約に附随してするものは禁止されており、労働者の任意の委託によってされるものが認められているところ、破産会社の社内貯蓄金管理規程上も、希望者について社内預金を取り扱うとされているのであって、社内預金は雇用契約を契機とするものとはいえ、必ずしも雇用契約に基づくものとは認められない。そして、被控訴人は、預金が破産会社の社内貯蓄金管理規程上の限度額である三〇〇万円に達した後も、一〇〇万円を払い戻した上で、さらに社内預金を継続しており、その任意の意思に基づいて社内預金を開始し、かつ、破産会社が破産宣言を受けた平成九年二月二五日(争いがない。)の前月まで継続したものと推認される。
(三) 右(一)、(二)によれば、社内預金返還請求権は、商法二九五条の「雇傭関係に基づき生じた債権」ではなく、会社に対する他の一般債権と異なるところはないものと解するのが相当であり、本件預金債権は優先権を有する破産債権に該当するものとは認められない。
2 被控訴人は、社内預金は賃金及び賞与から組み入れられた実質的未払賃金であり、また、雇傭関係から直接生じた債権であって、先取特権を有する優先債権に該当する旨主張するところ、破産会社の社内貯蓄金管理規程によると、預金は従業員が破産会社から支払われる給料又は賞与を源泉とするとされ、また、本件預金は被控訴人の給料及び賞与から天引きされたものである。
しかし、前記のとおり、被控訴人は、その任意の意思に基づいて、給料及び賞与の一部を社内預金としたものである上、給料等からの天引きが預金者によって選択可能な方法とされていることは、前記のとおりであり、その目的は、継続的な預金にあっては、断続的な預金の場合には必要とされる入金伝票を作成することなどの手続を省略し、簡単な方法で預金できるようにすることにあると考えられ、預金者の便宜のために認められたものであることは明らかであって、給料等から天引きがされていることをもって、本件預金が実質的未払賃金であるとか、本件預金債権が雇傭関係に基づき生じた債権であるということはできない。
四 以上によると、被控訴人の請求は、理由がないから棄却すべきであり、これと異なる原判決は失当であるから、控訴人敗訴部分を取り消して、被控訴人の本訴請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条二項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 濵崎浩一 裁判官 土屋靖之 裁判官 竹内純一)